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2011年12月12日月曜日

肉体が朽ち果て灰となったあとの話

「わたしが死んで骨になったらその灰を海にまいてほしい」と母はいう。

母とは日常の中でよく死について話す。

わたしが死んだら~ と

小さいころからなぜか私に話しかける母

とても感受性の豊かな子どもだったので

そういわれるたび、頭の中で母が死んだときのことを想像してしまい

自分の部屋に戻って泣きじゃくっていた。夜中も思い出して泣きじゃくる。

母は知らないだろうね・・

灰は故郷のお墓に。この世からいなくなった家族と再会できる。
そして海へ。広い大きな海の一部として消えるなんて・・うまくイメージできない。

やさしくて明るい声、肉体はなくなるんだ。

精神はなくならないんだ、きっと。そんなことは少しイメージできる。

精神は私が守っていくもの、もらったものはこのからだに神経、細胞にきっと浸み込んでいる。

母とのことだけじゃない、出会ったもの、すべてじゃないかもしれないけれど

受け止める、そして与える人間でありたい。そうありたい気持ちはとても強く。

2011年11月10日木曜日

○

東洋(医)学を少し読みあさる

心と身体、そしてとりまく環境

すべてが影響し合い、つながっている

脳科学を少し読みあさる

女性脳と男性脳は異なる

女性は男性よりも、

感情と行動がより直結しているという

心と身体が離れるまで 

少しじっとしている

2011年11月9日水曜日

○

うすっぺらな自分がきらい

深めたい 考えたい 奥行きのあるものへと

○

引力というのは存在する




よく考えてる

2011年11月1日火曜日

月がきれい

帰り道、きょうも月がきれいだった。

月を目指すように自転車を走らせて。

小さいころから誰かに守られて育ち。

いつも兄たちの後ろについて行動する。

人前に出ることが大嫌いでやたら泣いてばかりいた。

幼稚園にあがっても控えめ。

そんな私が日の目に当たる。幼稚園の劇でかぐや姫の役が回ってきた。

理由はたった一人主役だったり目立つ役をしたことがなかったから…

役の中だったけど、何人もの男に求愛されるモテモテのかぐや姫。

そんな男たちを振り切って自分のすんでいた月へ帰ってゆく。

罪な女を演じきりました。寝言で台詞を言うくらいまじめにしたよ。

小さい私がいとおしいなー きれいな月で思い出した。

2011年10月20日木曜日

記する

ツイッター フェイスブック ブログ

ブログはこのなかでもあまり頭で考えずに記している

つらつら はずかしい言葉たちを並べる 

それらはしばらく読み返さないからいいとおもっている

心のなかの誰にも知られたくない「おもい」などは手帳の片隅へ

ときどきのぞいては ふふ、と笑ってやろうとおもう

ぽつり

言葉足らずでときどき誤解されてしまいます

顔の表情、空気はとてもあいまい
そうしておきたいことがらもちらほら

知らない間に 心もあざやかにうつりかわる
それは願望なのか、変わりたいわけでもないけれど

身をまかせてみるのはとてもきもちいものです

だれかがどこかでわたしの話をしていてもしらない
ほっといてほしい、など言葉にもしません

こころとからだが少し浮いちゃいます最近

2011年10月15日土曜日

ときどき

わたしは一体誰とか思う

あらゆるものがこの目を通して入ってくるけれど

実はなにもみてなくてからっぽだったりする

頭の中もからっぽだったりする

心の中もからっぽだったりする

なにもわからない わからない

2011年10月10日月曜日

大事なもの

母が井上ひさしの本のあるページに感銘をうけ、思わずコピーしたという文章をみせてもらった、「悲しみ」や「つらい出来事」は何もせずに存在するが「笑い」とは人が作り出さないとこの世に存在しない。寝ぼけていてうるおぼえだがそんな内容だった気がする…。
母はそのページを切りとった。「笑い」や「ユーモア」をとても大事にして生きているんだなぁと知る。
私の中で母はひまわりのように笑い、太陽のように人を照らし、その場をパっと明るくする。そんな存在だと感じていたから、なんとなく繋がった。

2011年9月20日火曜日

うちゅう的な

私たちは 大きな流れ のなかに

それはとてもとても 大きな流れ(大宇宙)のなかの粒子

もう かす みたいなものです。

希望的な意味で です。よ

2011年9月19日月曜日

あたたかいスープ

気づけば いつも窓辺をみつめて時間が過ぎる

あたたかなスープを煮込む ことこと と

なにも考えていないのに こころが満たされる

さむいのほんとは苦手 体温が下がって 気分が落ち込むから

そんなときはスープをつくろう! 

たのしいできごと自分でつくらなきゃ、

そう思った きょう

2011年9月15日木曜日

病気

「表現」生きてるだけでいいのに

魂はここにはないみたいだよ

「普通」に過ごせばいいのに

苦しい どうしようもないかなしみが

どこからともなくやってくる 

もうずっとずっとずっと 

なおらない 病気みたいだよ

2011年9月14日水曜日

肌

ちょうどいい気温 心地よい優しい風

真っ白い光 薄ら青みがかった空気

さいきん 朝が待ち遠しい

BGMはBaobab「Aruk」

山奥の湖でこころからっぽにしたい

ただ深く静かに呼吸だけを繰り返し

そんな贅沢な時間が過ごせたらいいな

秋〜冬の山の空気って純度高くて格別

そろそろ からだが欲してきてるー

2011年9月13日火曜日

月

まぶしくて見上げるとおおきなまんまるどうどうとした月


弱くて臆病で意地っ張りなんて 阿呆です しゅん

顔

昨日の顔よ さよなら 今日の顔になる

一瞬一瞬 変わっていくから

見ていてほしいひとに見ていてほしい

その顔を見逃さないでどうか覚えていてね

2011年9月5日月曜日

浅い 呼吸

煩わしいすべてのものを排除できたらいいのに

「物事をクリアにしていく行為が必要です。」

そんなこと 頭ではわかってるけど

純粋にそれを信じる行為に罪はない 本当は信じていたい

疑ってばかりなのは心がすり減って 精神的に疲れきってしまう

信じて 傷ついて 小さい頃から変わってないなあ

小さい傷をつくっては時間が修復してくれたような気がしていた

根本的な核はいまだ解決できてないことを知る

2011年8月26日金曜日

8月24日の続き

気づくときってほんとに気づいちゃうんだね。

かなしい噂を耳にしました。それは必然的に、わたしのもとへ。

ああ、とてもかなしい。 とてもくやしい。

信じていた世界がまたひとつ、消えてしまった。

それは、わたしの居場所がひとつ消えたという事実。

どこへ向かうか、選択肢は狭まった。正しく生きてやる。

2011年8月24日水曜日

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自分の空間をつくりはじめて 「感覚」がもどってきた気がしている

「感覚」というのは、より「感じる力」

とても小さなことでも琴線に触れるような、

かけがえのないことのように思えることだったり。

学生のころ、慣れた街から身一つぽろんと飛び出して来て、

全身で、感じよう吸収しようと必死だった、

絵だけに集中できる環境にあった、そのときに似ている。

「絵だけに注げる時間」というのは、今思うととても贅沢だ。

なんて純粋でいとしい、ひとときだっただろう。


いまはいま みえるもの いま 描くもの。 

ぽろぽろ、ひろい集めてみたい。 そう小さく思った。

予感

とても たいせつなことに気づきそうな予感

それは いままで信じていた信じようと懸命に守ってきたことと

決別することになるのかもしれない


理想へ近づいているのなら 受けいれよう